今、そこにある危機


イエメン史上最も発展した国「シバ」。

遡ること紀元前10世紀、

アラビア半島南部の交易ルートを支配したシバ王国。


シバ王国の首都は、現在の首都サナアから東へ160㎞ほど離れた、

砂漠地帯のマーリブという所にあった。

交易キャラバンからの通行税収入によって膨大な富を蓄積したシバ王国は、

紀元前8世紀、世界最大規模の公共工事を実施。

長さは680メートル、高さは16メートルという巨大ダムを建設した。

このダムによって広大な農地が灌漑され、

その後1000年以上に渡って、王国の首都住民の生活を支えたという。



現在、シバ王国の首都が置かれていた

オールドマーリブは廃墟である。

そんなマーリブに向かうのだが、

実はここ、外国人にはとても危険な場所らしい。


というのも、反政府勢力の拠点があり

誘拐事件やテロが頻発しているそうだ。

どうしたらいいかツーリストポリスに尋ねたところ、

「ツアーで行くように」と指示を受けた。


たまたま宿が同じになった高校教師のO氏を交え、

マーリブツアーを組んだ。

値段は1人45ドル(約5000円)。

イエメンの物価を考えると決して安くはないのだが、

この価値を知るのはもっと後だった。


午前7時、朝食を摂るためレストランに立ち寄り、

そしてマーリブへと向かった。

陽気なガイドは「マーシー」。

田代○さしに似ていることからこの名が付き、

本人はえらく気に入っている。

運転手は「リヒト」でマーリブ出身。

年齢は63歳ながら、最近二人目の奥さんができた。

しかも22歳だというから驚きだ…。


車はランドクルーザー。

加速がよく、次々と前方の車を追い越していく。

サナアの山を越えマーリブ州の入口に差し掛かったころ、

車内に異変が起こり始めた。


あ、暑い…。


手元の温度計はすでに46度を指している。

窓からはドライヤーのような熱風が吹き込んだ。


マーリブは砂漠の街。

1日の最高気温は50度を超えることも珍しくない。

ただ、乾燥しているためこの気温にもかかわらず

まったく汗を掻いていないのが不思議だった。



次の異変は街のゲートで起きた。

荷台に7人の兵隊を乗せた護衛車がついた。

全員ライフルを構えている。


「これがコンボイかぁ」


なんだか物々しい雰囲気になってきた。

マーリブで主に誘拐のターゲットになるのは白人だとか。

イエメンは親日で、「日本人は誘拐しない」というのが暗黙の了解。

が、つい先月、日本人女性ふたりが誘拐されてしまった。

しかし日本人だと分かったため、犯人たちは3時間後に彼女らを解放。

この事件をきっかけにこうやって護衛を強化することにしたようだ。


灼熱の太陽の下、たくさんの兵士に囲まれながら

シバ女王が治めた夢の跡を見学した。

陽気なガイドのマーシーは、

ジャンビーアと呼ばれる半月刀を振り回しごきげんだった。

(↑刃は潰してあるので安全だそうだ)


この物々しい雰囲気を払拭するように、

陽気に歌い、踊り、そしていたずらを繰り返す…。

ついには兵士からライフルを取り上げて、

「記念撮影だ」と、カメラを構えはじめた。

兵士も笑ってるしいいか。パシャリ。


そんなマーシーもやるときはやる男。

一番危険だと言われる「ベルキース神殿(シバの女王神殿)」では、

機銃つきの装甲車を1台呼び寄せ、

総勢20人ほどに守られながらの観光に(苦笑)

ここまでしなくても…という考えも、

足元に転がる薬莢を見つけた瞬間に吹き飛んだ。



最後は廃墟の町「オールドマーリブ」へ。

実はイランの「バム」という廃墟の町に行くことを

楽しみにしていたのだが、情勢が悪化…。

チベットにつづいて、イランもこの旅のルートから外していた。

だから、どうしてもこの地を訪れてみたかったのだ。


ツワモノドモガユメノアト。


夕刻の風を感じながら、悠久の歴史に思いを馳せた。

さすがはアラビアンナイトの世界。

この景色はまさしく「千夜一夜物語」というべきか…。


護衛の兵士たちと別れ、無事に帰路についた。

たった3人の観光客のために

これほどの護衛が付くとは

よほど危険なエリアだったのだろう。

今さらながらに身体が震える。


しかし、マーシーの真面目な仕事ぶりには感心させられた。

陽気なフリして、肝はしっかり押さえている、にくい奴。


過去へのタイムスリップと、

緊迫した現実を知った今日の旅。

45ドルで買った安全は大きかった。

旅のチカラ、旅のカケラ

世界一周の旅、 それはもう遠い夏のようだ。 500日間世界を駆け巡り、 300を超える長距離バスに揺られた。 旅を終えて日常に復帰したが、 それでも時間を見つけては小さな旅を続けている。 旅のチカラに引き寄せられ、 旅のカケラを集めていく、 そんな毎日。

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