宿を移ることにした。
1泊2500円の部屋を出て、
初日に泊まった1泊300円の安宿へ向かう。
幸いなことにシングルルームが空いていた。
薄い壁と簡素なベッド、窓はなく、
低い天井には小さな扇風機が備え付けられている。
まるで留置所のような部屋だ。
でも、この狭さと質素な空間がちょうどいい。
バスでも狭い端っこの席が落ち着くし、
小さい頃は押入れの中が好きだった。
きっとザリガニのような習性を持っているのだろう。
それとも極度の淋しがりやなのか…。
この宿に移った理由は2つ。
そろそろ懐具合が寂しくなってきたことと、
1000冊以上ある漫画が目当て。
いい大人がするこっちゃないとはわかっているが、
1日中漫画を読んで過ごしたいのだ。
『スラムダンク』が全巻揃っているので、
まずはこいつから片付けよう。
前回泊まった際は「山王工業戦」を読んだので、
それまでのストーリーを。
日本でもそうだったが、この旅でも
スラムダンクに登場する“名言”はよく口にする。
この漫画は単なるスポ根ではなく、
啓蒙であり、哲学だと思う。
“熱血”から“クール”へと時代は移行したが、
あの頃の熱を再び感じさせてくれる。
だらしなくベッドに寝転び、黙々とページめくっていく。
機械になったみたい?
今、この身体はページをめくるためだけに存在し、
脳だけが忙しく働いていた。
仰向け、うつ伏せ、横向き、壁にもたれて、
本と顎を支える肢体のだるさが
身体が存在していることを辛うじて教えてくれた。
午後2時、ここでハーフタイム。
いつもの屋台で、いつものメニューを注文する。
たくさん店があるのに、決まってここに来る。
席も同じ。何もかもが自動再生。
これは変化を恐れているのではなく、
海外でひとりきりだから、
「ここにいるよ」って誰かに認識してもらいたい証だと思う。
ほら、いつも見るでしょ、この顔。覚えてる?
ベッドに戻り、後半戦を開始。
1日で20冊を一気に読みきり、
その内容に胸と目頭が熱くなったが、
現実はダメ人間の1歩手前。
逃げ出すように部屋を飛び出し、
外の空気を吸って、カチコチに固まった身体に活力を注いだ。
夕方のカオサン通りは優しいオレンジ色で、
とろりと甘い時間が流れていた。
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